TeachOpenCADD トピック6 〜最大共通部分構造〜
こちらはTeachOpenCADDの試訳です。TeachOpenCADD GitHubレポジトリのトークトリアル6をもととしておりCC BY 4.0のライセンスに従っています。
GitHubとはてなのMarkdownの取り扱いの違いのせいかフォーマットの不具合がありますがお目こぼしを!
~~ 追記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以下のページに翻訳したノートブックを保存しています。よろしければご利用ください。
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以下、訳。
トークトリアル 6
最大共通部分構造(Maximum common substructure)
Developed in the CADD seminars 2017 and 2018, AG Volkamer, Charité/FU Berlin
Oliver Nagel
このトークトリアルの目的
サイズの大きい化学データのクラスタリングとクラス分類は、医薬品探索の化学を利用する広範な領域において、研究を導き、分析し、知識を発見することにとって不可欠です。
一つ前のトークトリアルで、化合物をグループ化する方法(クラスタリング)を学び、一つのクラスターに含まれる化合物がお互いに似通っており、共通の骨格(scaffold)を共有していることを見つけました。視覚的に調べることに加えて、ここでは化合物セットが共通してもつ最大の部分構造を計算する方法を学びます。
学習の目標
- 最大共通部分構造とは何か(Maximum Common Substructure、MCS)?
- 化合物のグループのMCSを計算するにはどうすれば良いか?
理論
- 化合物セットの最大共通部分構造をみつけることについての導入
- FMCSアルゴリズムの詳細な説明
実践
レファレンス
- Dalke A, Hastings J., FMCS: a novel algorithm for the multiple MCS problem. J. Cheminf. 2013; 5(Suppl 1): O6
- Raymond JW., Willet P., Maximum common subgraph isomorphism algorithms for the matching of chemical structures. J Comput Aided Mol Des. 2002 Jul;16(7):521-33
- アルゴリズムに関する情報の書かれたDalkeのWebサイト: http://dalkescientific.com/writings/diary/archive/2012/05/12/mcs_background.html
- MCSに関するRDKitクックブックのドキュメンテーション: http://www.rdkit.org/docs/Cookbook.html#using-custom-mcs-atom-types
理論
導入
最大共通部分構造(maximum common structure、MCS)は2つあるいはそれ以上の対象化合物に含まれる最大の部分構造として定義されています。
* MCSをみつけること = グラフ内の最大共通パターンマッチング問題(maximum common subgraph isomorphism problem)
* ケモインフォマティクスの分野で多くの適用用途があります。例えば、類似性検索(similarity search)、階層クラスタリング(hierarchical clustering)、分子アラインメント(molecule alignment)など。
* 利点:
* 直観的 → 対象化合物に共有されている構造は重要である可能性が高い
* ありうる活性のパターンへの洞察を与える
* 単純に部分構造をハイライトすることで簡単に可視化できる
MCSアルゴリズムの詳細 (レビューを参照してください: J Comput Aided Mol Des. 2002 Jul;16(7):521-33)
* 2つあるいはそれ以上のグラフ間のMCSを決めることはNP-完全問題です。
* 厳密に決定するためのアルゴリズムと近似アルゴリズムのどちらもあります。
* 厳密:最大クリーク(Maximum-clique)、後戻り法(バックトラック法、backtracking)、動的計画法(dynamic programming)
* 近似:遺伝的アルゴリズム(Genetic algorithm)、組合せ最適化(combinatorial optimization)、フラグメントストレージ(fragment storage)、・・・
* 問題分割:分子グラフの単純化
FMCS アルゴリズム:
* MCS問題をグラフパターンマッチング問題(graph isomorphism problem)としてモデル化します。
* サブグラフの数え上げとサブグラフのパターンマッチングテスト(subgraph isomorphism testing)に基づきます。
FMCSアルゴリズムの詳細な説明
J. Cheminf. 2013; 5(Suppl 1): O6 とrdkit fmcs documentaion の各項目で説明されています。
単純化したアルゴリズムの説明
best_substructure = None pick one structure in the set as query, all other as targets # 化合物セットから一つをクエリとして選び、残り全てをターゲットにする for each substructure in the query: # クエリの各部分構造について convert into a SMARTS string based on the desired match properties # マッチングを希望する特徴に基づきSMARTS文字列に変換する if SMARTS pattern exists in all of the targets: # もしターゲットのすべてにそのSMARTSパターンが存在していれば then it is a common substructure # それが共通部分構造となります keep track of the maximum of such substructure # そのような部分構造の最大となるものを順に辿っていきます。
通常、この単純なアプローチだけではとても長い時間がかかりますが、実行時間を加速するためのトリックがいくつかあります。
結合除去(Bond elimination)
- MCSの部分とはなり得ない結合の除去
- 各入力構造に原子タイプと結合タイプの情報が存在している必要があります
- 結合タイプ:最初の原子、結合、2つめの原子のSMATSからなる文字列
- 入力構造全てに存在していない全ての結合タイプを排除し、それぞれの辺(edge)を削除
- 結果:全ての原子の情報をもちつつ、辺(edge(結合))の数がより少ないフラグメント化された構造
最大フラグメントのうち最小の構造をクエリとして用いる
- ヒューリスティックなアプローチ:
- 各入力構造の最大のフラグメントを見つける
- 最大フラグメントの結合の数によって入力構造を昇順に並べ換える
- 原子の数との紐付けを解き、入力の順を代わりのものとして使う
- 最大フラグメントのうち最小の構造をクエリ構造とする
- 他の入力構造由来の構造がターゲットとなります
フラグメントのサブグラフを列挙するために、幅優先探索(breadth-first search (BFS))と優先度付きキュー(priority que)を使う
- いわゆる種(シード、seed)を成長させることに基づく列挙(enumeration)
- シード:現在のサブグラフの原子/結合と、除外するセット(成長には使えない結合)
- 冗長性を防ぐために:
- 最初のシードはフラグメントの最初の結合で、フラグメント全体のサイズにまで成長する可能性があります
- 2番目のシードは2番目の結合で、最初の結合を使ったものからは排除されます
- 3番目のシードは3番目の結合から始まり、最初と2番目を使用したものからは排除されます
- ・・・
- シードはシードにつながっている結合に沿って成長します(除外セットや既にシードに含まれているものは含みません)
- 各ステップですべての成長の可能性が考慮されます
- 例、拡張の方向としてN個の可能な結合がある時、2のN-1乗個の新しいシードがキューにつけ加えられる
- サブグラフに加える新しい結合がなくなった時点で列挙は終わります(シードがキューから除外されます)
- 最大のシードが最初に処理されます
他の全ての構造に含まれていないシードを取り除く
- 各成長の段階で → 新しいシードが他の全ての構造に存在しているかどうかチェックする
- 存在していない場合:キューからシードを取り除く
十分な成長のポテンシャルがないシードを取り除く
- 除外リストと拡張の可能性がある辺(エッジ)から成長ポテンシャルを評価します
- 現在の最も良いサブグラフよりもポテンシャルが小さい場合 -> シードをキューから取り除きます
これらのアプローチを使うことで、最大共通部分構造に相当する最大のサブグラフを順に辿っていくことことは普通の問題となります。
実践
# 必要なモジュールをインポート import matplotlib.pyplot as plt from rdkit import Chem from rdkit.Chem import AllChem from collections import defaultdict from rdkit.Chem import Draw from rdkit.Chem.Draw import IPythonConsole from rdkit.Chem import rdFMCS import pandas as pd import numpy from rdkit.Chem import PandasTools IPythonConsole.ipython_useSVG=True
化合物を読み込み描画
suppl = Chem.SDMolSupplier('../data/T5/molSet_largestCluster.sdf') mols = [x for x in suppl] print('Set with %d molecules loaded'%(len(mols))) # 最初の12個の化合物を表示 #Draw.MolsToGridImage(mols[:12], legends=[x.GetProp("_Name") for x in mols[:12]], molsPerRow=4) Draw.MolsToGridImage(mols[:12], molsPerRow=4) # Set with 143 molecules loaded
様々なパラメーター入力値でRDKitに実装されているFMCSアルゴリズムを実行
デフォルト値
最も単純な場合、化合物のリストだけをパラメーターとして与えます。
mcs1 = rdFMCS.FindMCS(mols) print('SMARTS string: %s'%mcs1.smartsString) # 構造の描画 m1 = Chem.MolFromSmarts(mcs1.smartsString) Draw.MolToImage(m1) # SMARTS string: [#6]-[#6](=[#8])-[#7]-[#6]1:[#6]:[#6]2:[#6](-[#7]-[#6]3:[#6]:[#6]:[#6]:[#6]:[#6]:3):[#7]:[#6]:[#7]:[#6]:2:[#6]:[#6]:1-[#8]-[#6]-[#6]
MCSをハイライトして化合物を描画するためのヘルパー関数を定義します。
# クエリー化合物群のMCSをハイライトします def highlightMolecules(cur_mols, cur_mcs, num, label=True): pattern = Chem.MolFromSmarts(cur_mcs.smartsString) matching = [cur_mols[i].GetSubstructMatch(pattern) for i in range(0,len(cur_mols))] if label==True: return Draw.MolsToGridImage(cur_mols[:num], legends=[x.GetProp("_Name") for x in mols[:num]], molsPerRow=3, highlightAtomLists = matching[:num], subImgSize=(300,250)) else: return Draw.MolsToGridImage(cur_mols[:num], molsPerRow=3, highlightAtomLists = matching[:num], subImgSize=(300,250))
highlightMolecules(mols, mcs1, 12)
img = highlightMolecules(mols, mcs1, 3) # SVGデータを取得 molsvg = img.data # 背景を透明に設定 molsvg = molsvg.replace("opacity:1.0", "opacity:0.0"); # ラベルのサイズを大きくする molsvg = molsvg.replace("12px", "20px") # 変更したSVGデータを保存する f = open("../data/T6/mcs_largestcluster.svg", "w") f.write(molsvg) f.close()
閾値を設定
部分構造の閾値を下げることも可能で、例えば、MCSが入力構造の80%の化合物にだけあれば良いようにすることもできます。
mcs2 = rdFMCS.FindMCS(mols, threshold=0.8) print('SMARTS string: %s'%mcs2.smartsString) # 部分構造を描画 m2 = Chem.MolFromSmarts(mcs2.smartsString) Draw.MolsToGridImage([m1,m2], legends=['mcs1', 'mcs2: thr 0.8']) # SMARTS string: [#6]=[#6]-[#6](=[#8])-[#7]-[#6]1:[#6]:[#6]2:[#6](-[#7]-[#6]3:[#6]:[#6]:[#6]:[#6]:[#6]:3-[#9]):[#7]:[#6]:[#7]:[#6]:2:[#6]:[#6]:1-[#8]-[#6]-[#6]-[#7]-[#6]
highlightMolecules(mols, mcs2, 12)
この例を見ればわかるように、化合物CHEMBL27685は除外され(閾値 0.8)、その結果、より大きな共通部分構造として、メタ位にフッ素置換したベンゼンとより短いアルキル鎖をもつ部分構造が見つかっています。
訳注(2020/04)
今回の実行結果ではオリジナルのノートと異なりCHEMBL27685は上図に含まれません。上図中ではCHEMBL3622640にはMCSが含まれていません。閾値0.8のMCS(mcs2)はエーテル側鎖の先のN原子までを含んでいますが、CHEMBL3622640ではN原子ではなくO原子となっています。MCSの閾値を下げることで、全ての分子には含まれないもののより大きな部分構造をMCSとして見出していることが確認できます。
訳注ここまで
環結合(ring bonds)のマッチング
このパラメーターが True
にセットすると、環の結合だけが他の環の結合とマッチングします。
mcs3 = rdFMCS.FindMCS(mols, ringMatchesRingOnly=True, threshold=0.8) # 部分構造を描画 m3 = Chem.MolFromSmarts(mcs3.smartsString) Draw.MolsToGridImage([m1,m2,m3], legends=['mcs1', 'mcs2: +thr 0.8','mcs3: +ringmatch'])
ここでは選択した閾値とパラメーターに依存して、少し異なるMCSが得られています。 RDKitのFMCSモジュールにはもっと多くのパラメーターのオプションが利用可能で、例えば考慮する原子、結合、価数のマッチングといったものがある、ということを注記しておきます。
さあ、より多様なセットをさっと見てみましょう:ChEMBLからダウンロードしたEGFR化合物群
データを高活性な化合物(pIC50>9)だけに限定し、このサブセットから最大共通骨格を発見しましょう。
# 全EGFRデータの読み込み mol_df=pd.read_csv('../data/T1/EGFR_compounds.csv', index_col=0) print(mol_df.shape) # pIC50 > 9 (IC50 > 1nM)の化合物のみを保持 mol_df=mol_df[mol_df.pIC50>9] print(mol_df.shape) # データフレームに分子を追加 PandasTools.AddMoleculeColumnToFrame(mol_df, 'smiles') mol_df.head(3) # (5428, 5) # (191, 5)
molecule_chembl_id | units | IC50 | smiles | pIC50 | ROMol | |
---|---|---|---|---|---|---|
0 | CHEMBL63786 | nM | 0.003 | Brc1cccc(Nc2ncnc3cc4ccccc4cc23)c1 | 11.522879 | |
1 | CHEMBL53711 | nM | 0.006 | CN(C)c1cc2c(Nc3cccc(Br)c3)ncnc2cn1 | 11.221849 | |
2 | CHEMBL35820 | nM | 0.006 | CCOc1cc2ncnc(Nc3cccc(Br)c3)c2cc1OCC | 11.221849 |
# 選択した高活性化合物だけについて計算を実行します mols= [] for idx, row in mol_df.iterrows(): m = Chem.MolFromSmiles(row.smiles) m.SetProp("_Name",row.molecule_chembl_id) mols.append(m) # 時間の都合上、このセットから50化合物をランダムに取り出します rand_mols = [mols[i] for i in numpy.random.choice(range(len(mols)), size=50)] mcs1 = rdFMCS.FindMCS(rand_mols) print('SMARTS string1: %s'%mcs1.smartsString) mcs2 = rdFMCS.FindMCS(rand_mols, threshold=0.8) print('SMARTS string2: %s'%mcs2.smartsString) mcs3 = rdFMCS.FindMCS(rand_mols, ringMatchesRingOnly=True, threshold=0.8) print('SMARTS string3: %s'%mcs3.smartsString) # 部分構造を描画 m1 = Chem.MolFromSmarts(mcs1.smartsString) m2 = Chem.MolFromSmarts(mcs2.smartsString) m3 = Chem.MolFromSmarts(mcs3.smartsString) Draw.MolsToGridImage([m1,m2,m3], legends=['mcs1', 'mcs2: +thr 0.8','mcs3: +ringmatch']) # SMARTS string1: [#6](:,-[#6]:,-[#6]:,-[#6]):,-[#6]:,-[#6]:,-[#7]:,-[#6] # SMARTS string2: [#6]1:[#6]:[#6]:[#6]:[#6](:[#6]:1):,-[#7]:,-[#6]:[#7]:[#6]-,:[#7]-,:[#6](:[#6]:[#6]:[#6]):[#6] # SMARTS string3: [#6]:[#6]:[#6](:[#7]:[#6]:[#7]:[#6]-[#7]-[#6]1:[#6]:[#6]:[#6]:[#6]:[#6]:1):[#6]
highlightMolecules(rand_mols, mcs2, 12)
from ipywidgets import interactive, interact, fixed, Text, widgets from IPython.display import SVG,display
def renderMCS(perc): tmcs = rdFMCS.FindMCS(rand_mols, threshold=perc/100.) if tmcs is None: print('No MCS found') return None else: m = Chem.MolFromSmarts(tmcs.smartsString) print(tmcs.smartsString) return(display(SVG(IPythonConsole._toSVG(m))))
# スライダーが反応するのに数秒かかるかもしれません w = interact(renderMCS, perc=widgets.IntSlider(min=0,max=100,step=20,value=80)) # interactive(children=(IntSlider(value=80, description='perc', step=20), Output()), _dom_classes=('widget-inter…
訳注(2020/04)
Jupyter Notebook場ではスライダーと画像が表示され、スライダーにより閾値を変更すると合わせてMCSが変化し画像が表示される、という構成になっています。Markdown形式には移行できなかったので興味を持たれた方はご自身の環境で試されてください。
訳注ここまで
クイズ
- 最大共通部分構造(MCS)の計算が役立つのはなぜでしょう?
- どうすればMCSを計算できるか簡潔に説明できますか?
- EGFR活性化合物の典型的なフラグメントはどのようにみえますか?
訳以上
追記
今回も訳出、用語の選択に誤りがあるかもしれません。ご指摘いただければ幸いです。
今回のトピックに関連して日本語で読める記事をいくつかご紹介いたします。
MCSに関して:
* 化学の新しいカタチ:RDKitを用いた部分構造検索とMCSアルゴリズム
* AI創薬のためのケモインフォマティクス 入門:7章グラフ構造を利用した類似性の評価
化学構造とグラフ??という場合には以下の記事をお勧めします。
* 化学構造情報とグラフ理論
勝手にいろいろと引用させていただいておりますので問題があれば削除します。