magattacaのブログ

日付以外誤報

花咲爺の隣の家で 〜植物ホルモンとサリドマイドと分子糊〜

皆さん高校の理科は何を選択されましたか? バネの運動で早々と物理を諦めた私は生物一択でした。

で、(おそらく)全ての生物選択の高校生が直面する問題

「茎どっちに伸びるのか問題」

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Fig.1 チンアナゴではない

そんな乱暴なことしていいんですか!って感じの実験ですよね。

この屈性の背後にあるのが植物ホルモン オーキシンですが、その作用メカニズムにはサリドマイドとの類似性が指摘されているそうです。*1

1. 植物ホルモンの分子実体?

さて、植物ホルモン。「高校生物の教科書に載っているくらいなんだから研究なんてし尽くされているんじゃないの?」と思っていましたが、 意外にも(?)その分子的な実体、メカニズムについては最近になってやっと明らかとなったことが沢山あるようです。

例えば花成ホルモン フロリゲン。こちらは植物の花芽分化を決定づける因子、つまり花を咲かせるホルモンです。

花咲かジジイホルモン(by 某高校教師)」なんて科学的にも産業的にもとても魅力的な研究対象ですが、 1936年にその存在が予言されて以来、ずっと正体は謎のままで「幻の植物ホルモン」とも呼ばれていたそうです。

明らかになったのは2000年代に入ってから。。。

まず、

  • 2007年 フロリゲンの分子実体はタンパク質Hd3a/FTであることが*2*3

ついで、

  • 2011年 フロリゲンの受容体が14-3-3タンパク質であることが*4

明らかとされました。

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Fig. 2 フロリゲン受容体

フロリゲンをめぐる一連の研究には日本の研究の貢献も大きいらしく、 以下の日本語レビューでは一筋縄には行かなかった発見の経緯が書かれていて非常に面白かったです。*5

leading.lifesciencedb.jp

2. オーキシン

さて、フロリゲンの同定が困難であった一つの理由は、他の植物ホルモンが低分子有機化合物であるのに対して、フロリゲンがタンパク質であったことだそうです。

例えば、冒頭取り上げた屈性に関する植物ホルモン、オーキシンの分子実体はインドール-3-酢酸(IAA)です。

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Fig.3 オーキシンの分子構造

分子量の差がすごいですね。こちらは1930年代には単離同定されていたようです。

人尿から単離」というパワーワードは脇において、、、インドール-3-酢酸をみればすぐにトリプトファンとの類似性に気づくと思います。 酵素反応ならちょちょいと簡単に作ってしまいそうですが、意外にもこの生合成経路、明らかになったのは2011年だそうです!*6 *7 *8

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Fig. 4 オーキシンの生合成主要経路

分子サイズが小さければ簡単というわけにはいかないんですね。

3. オーキシンの作用メカニズム

発見から100年たっても活発な研究がつづくオーキシン。ではその作用メカニズムはどのようになっているのでしょうか?

外部刺激の応答に関わる植物ホルモンと聞くと、シグナル伝達物質、例えば

  • 細胞膜に受容体があって下流にシグナルが流れる??
  • ステロイドみたいに核内受容体と結合して転写調節???

といったあたりが思い浮かぶと思います。

・・・ちゃうねんて!!! タンパク質分解誘導するんやって!!! びっくりやわ!!!

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Fig. 5 オーキシンの作用メカニズムはタンパク質分解誘導

2000年代になり、まず

ついで

  • 2007年、オーキシンと受容体、相互作用するペプチドとの複合体の共結晶構造 *11

により、その認識機構が明らかとなりました。

カニズムの詳細は流れは以下の通りです。

まず、オーキシンの作用の最終的なアウトプットはオーキシン応答遺伝子群の転写促進です。(Fig. 5)

この遺伝子群はARF(Auxin Responce Factor)タンパク質群により転写調節されています。一方、ARFタンパク質群はAux/IAAタンパク質が結合することでその機能が抑制されています。 オーキシンはこのリプレッサー Aux/IAAタンパク質の分解を誘導することで、ARFタンパク質群の「抑制を抑制」します。その結果、オーキシン応答遺伝子群の転写が活性化されます。

・・・抑制の抑制 マイナス x マイナス = プラス ってやつですね。

次に、オーキシンによるタンパク質分解誘導のメカニズムですが、ユビキチンープロテアソーム系を利用しています。

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Fig. 6 オーキシンは分子糊としてユビキチン-プロテアソーム系を利用する

共結晶構造でオーキシンの結合しているTIR1はSCFユビキチンーリガーゼ複合体のうち、基質の認識に関わるタンパク質です。 TIR1がAux/IAAタンパク質を認識し、ユビキチン化が進行、ユビキチンラベルを認識したプロテアソームにより分解が行われます。 結晶構造で明らかとなったように、オーキシンはTIR1のくぼみに結合し、認識表面を調節することで、 Aux/IAAタンパク質をTIR1が認識できるようにします。 つまり、オーキシンはタンパク質間の結合を促進する分子糊(Molecular Glue)として働いていることになります。

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Fig. 7 Molecular Glue オーキシンの結合様式

すごい仕組みですね。ずっとメカニズムが不明というのも納得です。結晶構造解析の威力すごいです。*12

さて、植物に関して高校教科書にのっているようなトピックでも、「詳細・分子レベルのメカニズムは最近になってようやくわかったことも多く、まだまだ面白い話がありそうだ」ということが分かりました。

医薬品に関しても同様に、教科書にも載っているし臨床で使われているけどメカニズムはよくわかっていない、実用化されてからメカニズムの研究が進んだという例は色々とあります。

というわけで次のトピック、サリドマイドに移ります。

4. サリドマイドのメカニズム

サリドマイドの臨床上の問題に関しては非専門家の私が書ける内容ではないので、ここでは「催奇形性の問題があるが現在でも多発性骨髄腫の治療に用いられている」ということに留めておきます。

サリドマイド睡眠薬としての利用は1960年前後にまで遡るのですが、そもそもどのように薬効、副作用が生じているのか?そのメカニズムは2010年頃から漸く分かってきたようです。

まず、2010年 サリドマイドの結合するタンパク質がcerebron(CRBN)であることが東京工業大学 半田宏教授らのグループにより報告されました。*13

当時、色々なメディアで取り上げられたので耳にされた方も多いかもしれません。

独自に開発したアフィ二ティクロマトグラフィー用担体FGビーズ(通称、半田ビーズ)を利用し、サリドマイドを固定化したビーズに結合するタンパク質を単離する、という手法で同定しています。  

独自のツール開発とそれを用いた長年の謎を解明する糸口をみつける研究って凄い格好良いですよね!

さて、こうして見つかったタンパク質CRBNですが、分子の機能としては他のタンパク質(CCB1、Cul4A、Roc1)と共にユビキチンリガーゼ複合体を形成します。

2014年には複合体の結晶構造が解かれています。*14

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Fig. 8 サリドマイド結合タンパク質の複合体結晶構造

CRBN表面のくぼみにサリドマイドが結合している様です。オーキシンの時と同じ感じになってきましたね。先の図を使いまわすと・・・

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Fig. 9 サリドマイドは分子糊としてユビキチン-プロテアソーム系を利用する

結晶構造の報告された2014年 Natureの文献中では、CRBNが認識、分解誘導する元々のタンパク質(endogeneous substrate)はMEIS2で、 サリドマイド(thalidomideとその類縁体)存在下では、標的タンパク質がIKZF1 / IKZF3に変化するという提案がなされています。

つまり、サリドマイドは、植物におけるオーキシンのように、

「ユビキチンーリガーゼ複合体に結合して、特定の基質タンパク質との結合を促進する接着剤(分子糊Molecular Glue)として働くことで、その分解を誘導する」

ということになるようです。

5. サリドマイドを出発点としたタンパク質分解誘導薬

さて、ユビキチン-リガーゼ複合体に結合することがわかったサリドマイド。結晶構造では、タンパク質とぶつからずに分子の構造をさらに拡張できそうな方向も示唆されました。

で、その後展開としてはどうなるか?というと

  • ① 置換基をぶら下げて選択性をあげる or 分解されるタンパク質基質を変える(Cerebron Modulator)
  • ② リンカーを介して別のタンパク質結合部位を追加することで基質を変える(PROTACDegronimid

といったタンパク質分解誘導薬の研究に派生していったようです。

以下のブログ記事が非常に分かりやすくてオススメです。というかこちらを読めば私のこの記事を読む必要はありません。*15

luckprepopp.com

さておき、一応有機化学をかじった身ととしてはどんな構造に展開されて行ったのかがやっぱり気になります。②のPROTACは大きくてしんどいので、①の方を見てみたいと思います。

6. Cerebron Modulator

上でご紹介した記事に書かれていましたが、Molecular Glueとしてのサリドマイド誘導体の研究はCelgene社*16が活発にすすめているそうです。

承認済みのサリドマイド誘導体と一緒にCelgene社による化合物を描いてみました。

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Fig. 10 サリドマイド誘導体の構造

サリドマイドとCRBNの複合体結晶構造では、サリドマイドの2つの環構造のうち芳香側が外側に向かって出ていました。 新しい化合物はどれも芳香環側の修飾となっているようですね。

とても興味深いことにCC-885については分解するタンパク質基質の変化が報告されています。GPST1というタンパク質の分解が誘導され、急性骨髄性白血病の細胞に対して強い増殖抑制作用を示したとのことです。*17

複合体の結晶構造をみてみましょう。

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Fig. 11 分子糊CC-855の複合体構造

CC-855がCRBNとGSPT1の両方に接触し、まさに分子糊、Molecular Glueとして働いているようです。すごい。

長年の謎であった標的分子の解明とそれに基づいた新しい科学の展開。ワクワクします。

サリドマイドのメカニズムやCelebron Modulatorについては東京医科大学 伊藤先生、半田先生が日本語で解説してくださっていてとても面白いのでオススメです。*18 *19

www.jstage.jst.go.jp

first.lifesciencedb.jp

7. オーキシンの応用、オーキシンデグロン法

さて、ここまでタンパク質分解を誘導する分子糊という「植物ホルモン オーキシンと医薬品 サリドマイドのメカニズムの類似性」をみてきました。

また、研究の発展として「サリドマイドのタンパク質分解誘導薬としての展開」をみました。

では、話を戻してサリドマイドよりも先に分子メカニズムが明らかとされたオーキシンではどのような応用がなされているのでしょうか?

国立遺伝学研究所 鐘巻研究室では、 元々は植物における作用であるオーキシンの分解誘導を酵母や哺乳動物細胞でもつかえるようにした技術、 オーキシンデグロン(Auxin-Inducible Degron: AID)法を確立されたそうです。

研究室HPの説明動画(こちらのページの下の方)が 非常に分かりやすいので興味を持たれた方はご覧になると良いと思います。・・・私では到底説明できない。

ざっくり雰囲気でいうと、「分解したいタンパク質にラベルをつけておくと、オーキシンを添加することによって分解が始まるようにできる」そうです。

つまり、「コンディショナルノックアウトのコンディションがオーキシン」ってこと、、、でしょうか???

上の説明動画中では蛍光タンパク質での例が紹介されていましたが、みるみる細胞の光が消えていく様子はなかなかに衝撃的です。

  • レスポンススピードが速い(半減期30分!)

  • オフターゲットの可能性が低い

ということがツールとしての特徴とのことです。

なんと言うかそもそも植物のメカニズムが動物細胞で使えることが衝撃でした。 それだけユビキチン-プロテアソーム系の保存度が高い、重要な機能ということなのでしょうか?・・・よく分かりません。

8. 花咲爺の隣の家で

最後に、冒頭、フロリゲンにまで話をもどしましょう。

幻の植物ホルモンフロリゲンはタンパク質で花の形成に関わるものでした。
私が高校生だったころにはまだ同定されておらず、生物教師は「これを見つければ花咲か爺さんになれる。大金持ちだ!」といっていました。

ですが、2020年の性格の悪い私はこう考えてしまいます。

「フロリゲン タンパク質と結合する化合物を見つけよう!そいつとオーキシンをいい感じにつなげば、フロリゲン分解PROTACのできあがり!すべての桜を散らせてやるぜ!」

・・・おしまい!!

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*1:こちらのレビューを読んだのが切っ掛けです。フリーで読めてとても面白い。 Stanton BZ, Chory EJ, Crabtree GR. Chemically induced proximity in biology and medicine. Science. 2018;359(6380):eaao5902. doi:10.1126/science.aao5902

*2:Science 2007(316)1030

*3:Science 2007(316)1033

*4: Nature 2011(476)332

*5:ライフサイエンス領域融合レビュー「花成ホルモン”フロリゲン”の構造と機能」 辻 寛之・田岡健一郎・島本 功 領域融合レビュー, 2, e004 (2013) DOI: 10.7875/leading.author.2.e004

*6:PNAS2011(108)18512

*7:理化学研究所プレスリリース

*8: 独立行政法人 理化学研究所 環境報告書2012 環境研究紹介① 「オーキシン」生合成主要経路を解明

*9:Nature2005(435)441

*10: Nature2005(435)446

*11: Nature2007(446)640

*12:タンパク質分解を誘導するというメカニズム自体が機能解明が難しかった一因でもあったそうな。 細胞内から関係するタンパク質をとってこようにも、相手が分解されていなくなるので取るに取れないみたいな(・・・リファレンスを散逸したので噂話程度で聞き流してください)。

*13:Science2010(327)1345

*14:Nature2014(512)49

*15:本当に。ここまで読んでくださった方、すみません。オススメ記事 Luck Is What Happens When Preparation Meets Opportunity サリドマイドをはじめとした免疫調節薬 (IMiDs)の作用機序:タンパク質分解誘導薬

*16: 今はBristol-Myers Squibb社?

*17:Nature2016(535)252

*18: 抗ガン作用を持つ新たなセレブロモジュレーターの開発 ファルマシア 2017(53)328

*19:急性骨髄性白血病に対し効果のある新たなセレブロモジュレーターの開発 ライフサイエンス新着論文レビュー