magattacaのブログ

日付以外誤報

低分子によるオリゴマーの制御? 〜低分子は神経変性を抑制できるか?〜

創薬 Advent Calendar が空いていたので埋めます。

adventar.org

今年は @fmkz__先生と@iwatobipen先生によるpy4chemoinfomaticsに始まり、 坊農先生の生命科学者のためのデータ解析実践道場、 金子先生の化学のための Pythonによるデータ解析・機械学習入門 の出版と、in silico創薬に興味があっても具体的にどうすれば良いか分からない勢にとってはとてもありがたい一年でした。 インターネットで検索すれば色々な情報が手に入りますが、書籍という一貫した形で情報を得ることができるというのはやっぱり密度が異なるように思います。(私は旧世代なので紙でしか長文を読めないです・・・)

Dryの書籍の目玉は上にあげたものとして、Wetの書籍での今年の目玉はやはり白木先生の相分離生物学だったのではないでしょうか? 分子レベルと細胞レベルの階層を繋ぐ新たな視点、相分離について日本語での系統だった解説書ということで新しい分野の始まりの興奮を感じる大変素晴らしい書籍でした。

相分離メガネ」を手にしたところで、ちょっと変わった(?)創薬のアプローチ「低分子によるオリゴマーの制御」をご紹介したいと思います。

  • 注) 以下の記事では臨床試験段階の医薬品をご紹介します。実際に効果があるのかまだ検証段階であり、全ての情報が公開されているわけではないため私の推測を含むものとなっております。また、ご紹介する内容は私とは一切関係のない企業ということをご了承ください。

今回ご紹介するのは NEUROPORE THERAPIES Inc.が見出したParkinson病を標的疾患とする低分子 UCB0599で、 2019年現在UCBにより米国で臨床開発(Phase 1B)が実施されています。

さて、こちらの低分子、Parkinson病において関連性を指摘され名高いタンパク質 α-synuclein のオリゴマー化を妨げることがその作用機序(MOA)としてうたわれています。 どういうことなのか?Nuropore Therapies社による文献をもとに彼らのアプローチをたどってみたいと思います。 

  1. A de novo compound targeting α-synuclein improves deficits in models of Parkinson’s disease Wrasidlo, W. et. al. Brain 2016(139)3217
  2. The small molecule alpha-synuclein misfolding inhibitor, NPT200-11, produces multiple benefits in an animal model of Parkinson's disease. Price, DL. et. al. Sci. Rep. 2018(8)16165

** どちらもオープンアクセスとなっています。

Parkinson病って?

そもそもParkinson病って?ということを少しだけ・・・難病情報センターのページより引用させていただきます。

パーキンソン病 1.「パーキンソン病」とはどのような病気ですか
振戦(ふるえ)、動作緩慢、筋強剛(筋固縮)、姿勢保持障害(転びやすいこと)を主な運動症状とする病気で、50歳以上で起こる病気です。時々は40歳以下で起こる方もあり、若年性パーキンソン病と呼んでいます。 (中略)
4.この病気の原因はわかっているのですか
大脳の下にある中脳の黒質ドパミン神経細胞が減少して起こります。ドパミン神経が減ると体が動きにくくなり、ふるえが起こりやすくなります。ドパミン神経細胞が減少する理由はわかっていませんが、現在はドパミン神経細胞の中にαシヌクレインというタンパク質が凝集して蓄積し、ドパミン神経細胞が減少すると考えられています。このαシヌクレインが増えないようにすることが、治療薬開発の大きな目標となっています。

文字で読んでも良くわからないですね。症状を動画で見ていただくのが一番と思います。


What do the symptoms of Parkinson's look like?

主たる特徴としては運動障害があげられ、動画をご覧いただいてもお分りいただけると思いますが通常であれば問題なく行える、物をつかむ、歩く、といった動作が行えなくなります。高齢者で多くなる疾患であることからこれまでできていた日常の動作が(徐々に)うまく行えなくなるという症状は肉体だけでなく精神的にも大変苦痛を強いると想像できます。

アルツハイマー病とならぶ神経変性疾患としてあげられることも多いパーキンソン病ですが、現在の主な治療方法は対症療法(症状を緩和させる治療方法)で疾患そのものを治療することは依然として困難です。ドパミン神経が減少することから、神経伝達物質であるドパミンの補充を目的とし、ドパミンの作用する受容体であるドパミン受容体に対するアゴニスト、あるいはドパミン前駆体であるL-ドパを投与するというのが薬理学の教科書でとりあげられる主な内容でしょうか?

残念ながら治療の現場の実際を私は把握していないためうろ覚えの知識ですみません・・・

Parkinson病とα-synuclein

さて引用のように、Pakinson病については患者さんのドパミン神経細胞レビー小体と呼ばれる特徴的な構造体が見られること、その主な構成要素がαシヌクレインであることから、αシヌクレインが疾患の主たる要因ではないかということが示唆されています。 タンパク質の異質化、蓄積による神経変性疾患として、アルツハイマー病におけるアミロイドβと同様取り上げられることの多いαシヌクレインですが、ではこのタンパク質が「生体内、細胞で実際にどのような機能を果たしているのか??」というと未だ良くわかっていない点が多いようです。

現段階で示唆されているのはαシヌクレインが複数集まり凝集化(オリゴマー化、さらに高次の凝集体形成)すると毒性が生じ、細胞死を起こすのではないかということのようです。じゃあなんで凝集体を形成するの?ということに関しては未だ不明で、酸化ストレスによるタンパク質の変性などが議論されています。

余談ですがParkinson病で欠落するドパミン神経の生産するドパミンの構造、有機化学を齧った身からするととても不安になる構造です。

f:id:magattaca:20191208021839p:plain

ベンゼン環にヒドロキシ基がオルト位でジ置換・・・如何にも酸化に弱そうなアラート構造そのものです。酸化によるキノン構造の形成、タンパク質との共有結合による変性、毒性の発現といった推測をしてしまいます・・・。

Parkinson病と2つの仮説

さてParkinson病とαシヌクレインの関係性は示唆されて久しい訳ですが、ではなぜこの疾患が進行性なのか?凝集体が形成されるにしてもなんでそれが伝搬していくの?ということに関しては大変興味深い2つの仮説が提唱されています。 まずはParkinson病はプリオンの一種ではないかという仮説です。こちらについては2016年のNatureの記事をご覧いただくのが分りやすいか思います。*1

Pathology:The prion principle Nature2016(538)S13-S16

上記記事の図がわかりやすので是非参照していただきたいのですが、αシヌクレインのモノマーがミスフォールドし「オリゴマー化 → 繊維化 → 凝集」することにより細胞毒性を発現すること、 ミスフォールドしたタンパク質が「クロイツフェルト・ヤコブ病狂牛病)」のようにプリオンとして働き、次々に同様のミスフォールドと凝集を誘導することで疾患が進行するのではないか、 という仮説が議論されています。

同様の神経変性疾患における「プリオン病仮説」はアルツハイマー病においても示唆されています。アルツハイマー病の治療における最近の大きな話題としてはエーザイとバイオジェンによるアデュカブマブのFDAへの承認申請( プレスリリース)があげられると思いますが、私はアルツハイマー病に対する抗体医薬というアプローチを知った際にとても驚きました。

中枢疾患の代表とも言えるアルツハイマー病に対して抗体医薬!!!どういうこっちゃ????抗体って中枢に行かないんじゃないの??そもそも細胞内のタンパク質を抗体で標的って無理じゃないの???となっていしまいました。 ですが、上記プリオン仮説で変性タンパク質の伝搬による疾患の進行という仮説を知り、なるほどそれで血中の変性タンパク質を抗体でねらうという発想になるのかーと腑に落ちました。(残念ながら私は臨床試験の治療効果の確からしさを判断するほどの知識がありません・・・)

では、Parkinson病の進行が変性したαシヌクレインの伝搬によるものとして、その根拠となるような情報はあるの?ということになると思いますが、この点に関してBraakの仮説というものが提唱されています。*2

2003年にHeiko Braakにより提唱されたParkinson病の病態の進行に関する仮説で、末梢における変性αシヌクレインが嗅球、迷走神経から脳幹、大脳へと徐々に伝搬することで病変が広がっていくのではないかとする仮説です。 Pakinson病において特徴的な運動障害に先行・並行して非運動症状(自律神経障害、睡眠障害、レム期睡眠行動異常症(RBD)、認知機能症状)の進行が見られることからも幅広く議論されている仮説です。*3

未だ仮説の段階ですが、中枢における神経変性疾患において原因とされるタンパク質の変性と末梢における病変の関連性については一定の議論がなされているということはお分りいただけたと思います。

以上を踏まえた上で本題、「低分子によるタンパク質オリゴマーの制御」についてご紹介したいと思います。

αシヌクレインのチャネル形成による毒性発現モデル

αシヌクレインがParkinon病との関連していることは一定のコンセンサスが得られているとして、では一体どんなメカニズムで細胞毒性を発現しているの??というのが次の疑問になると思います。 少々古い文献で恐縮ですが一つの仮説として2010年Fantaniらによるレビュー*4で、αシヌクレインがオリゴマー化することで細胞膜上にチャネルを形成、カルシウムイオンの細胞膜透過性を異常化させることで恒常性の破綻、細胞死を誘導するというモデルが紹介されています。

今回ご紹介するNeuropore Therapiesによるアプローチは上記のαシヌクレインの細胞膜上におけるオリゴマー形成による毒性発現を低分子により阻害することで治療を目指すというものになります。 現在臨床開発中であり実際に治療効果があるのか、という点については検証中の段階ですが既存のアプローチが対症療法しか存在しないパーキンソン病において疾患の進行を抑制する可能性を含んだ一つのアプローチとして大変興味深いアプローチです。

Neuropore Therapiesにおける低分子開発のアプローチ

では文献の中身を見てみましょう。Brain 2016(139)3217 では初期化合物 NPT100-18Aの創製にいたった経緯が紹介されています。

まず、著者らはαシヌクレインのオリゴマー化に関連する部位としてαシヌクレインのC末端ドメインに着目し、96-102残基を低分子により模倣するというアプローチで化合物をデザインしています。 96-102残基が別のαシヌクレイン 80-90残基と相互作用することで2量化(ダイマー形成)することがオリゴマー形成の出発点との仮説をもとに、 配列 KKDQLGK をもとにしたモデリングから環状アナログをデザイン・合成、NPT100-18Aを見出しています。

詳細については上記文献の Supplementary fig 1をご参照ください。また、化合物の変遷に関しては上記文献 Supplementary fig 2に掲載されています。

モデリングと組み合わせたタンパク質残基の模倣による低分子デザインというだけでも非常に興味深いアプローチですが、化合物の評価方法としても大変興味深いアプローチが取られています。

通常、新しい化合物の評価方法としては標的のタンパク質の機能に基づいた評価が行われると思います。例えばGPCRであればシグナル下流のcAMPの変動、キナーゼであれば標的タンパク質のリン酸化の変動といったところになるでしょうか? では同一タンパク質のオリゴマー化、凝集に対する抑制効果を評価するにはどうすれば良いか?著者らは一つのアプローチとしてNMRシグナルの変化を用いています。

詳しい内容は上記文献 Figure 2 を参照していただきたいのですが、細胞膜を模倣したリポソームとαシヌクレインを混合した系において化合物を添加し、 化合物がオリゴマー化を阻害すればαシヌクレインが膜上に留まらず単体として溶液に遊離した状態が保たれるとの仮説のもと、αシヌクレイン残基のNMRシフトの変異を観測しています。(Brain 2016(139)3217 fig 2)

上記評価にもとづき、リポソーム未添加の単量体αシヌクレイン、リポソーム添加におけるαシヌクレイン、リポソームと化合物 NPT100-18Aを共に添加したαシヌクレインのNMRシフトを比較、 化合物添加によりNMRシフトがαシヌクレイン単独の際に戻ることを確認し、その効果を評価しています。なるほどこんなin vitro評価方法があるのか!という非常に興味深い方法となっています。

より高次な評価としては膜上での染色を利用したリング構造(チャネル形成)の形成を阻害する効果が議論されています。( Supplementary fig 3)

非常に興味深いアプローチでオリゴマー化を阻害する低分子 NPT100-18Aを見出したNeuropre Therapies社ですが、臨床に進むには課題(半減期、中枢移行性など)があったようで、 さらなる検討の結果 NPT-200-11を見出しin vivo マウスモデルにおける治療効果を報告しています*5

文献中にはNPT-200-11の具体的構造は開示されておらず、またこちらが臨床開発中のUCB0599そのものかかはわかりませんが、 NPT100-18A同様にペプチドの一部を環化させることで膜透過、血中安定性といった課題をクリアしているとすれば非常に興味深い低分子デザインのアプローチといえるのではないでしょうか?

まとめ

以上、大変粗い紹介で恐縮ですが神経変性疾患における原因療法を目指した一つのアプローチ、「低分子によるオリゴマ−化の制御」でした。 くり返しですが、未だ臨床開発初期の段階で疾患の特徴(長期にわたりゆっくりと進行する疾患であり、早期における介入が治療効果の発揮が重要と想定されるが、診断・治療効果の判定も含めて早期介入、効果の実証が難しい)を含めて、 臨床で使用される可能性についてはまだまだ未知数のアプローチですが大変興味深いアプローチとして紹介させていただきました。

無理やりですが、標的タンパク質1分子ではなく、それらが複数集まったオリゴマー・凝集体を制御するアプローチは生体内におけるタンパク質相互作用に基づく異質化、相分離の制御にもつながる新たなアプローチとして興味深いのではないのでしょうか?

高齢化に伴い患者数の増加が予想されるParkinson病については「創薬」というカテゴリーに収まらず、患者さんの生活の改善にむけたアプローチが検討されています。 例えば次の記事では、Parkinson病患者における歩行障害(歩き始め、一歩を踏み出すのが困難)を解決する手段として、 靴にレーザー発光機能をとりつけることで歩行を補助するというアプローチが紹介されています。


This laser helps Parkinson's patients walk again

またLIFTWAREの開発するこちらのデバイスは運動障害(手の震え)に悩む患者さんの食事を補助するため、振戦に関わらず使用できる食器(スマートデバイス)が実用化されています。


Introducing Liftware

これらのアプローチを知ったとき非常に感銘を受けました。LIFTWAREの掲げる「Eat with confidence」は大変素晴らしものと思います。 徐々に運動機能が奪れていくという、これまで自分でできていたことができなくなるという疾患のもたらす苦痛は大変大きなものと推察されています。

生活の根源である衣食住が自分自身でできること、健康な人間にとっては当たり前と思えることができなくなること、それは自分自身が自分自身で無くなるような苦痛を強いるものと思います。あたらしい創薬アプローチに限らずテクノロジーの進化によって患者さんの日常生活が少しでもより良いもの、自信がもてるようになるというのはとても重要なことだと思います。

アルツハイマー病・パーキンソン病を含めた神経変性疾患はいくつかの対症療法は存在するものの、今なお有効な原因療法はなく細胞療法も含めた新規なアプローチが検証されている段階です。まだまだ時間はかかるでしょうが少しづつでも患者さんの過ごしやすい未来にむけて科学が進歩していくことを期待しています。

中途半端な知識で書いてしまいました。誤り等ありましたらご指摘いただければ幸いです。

Creative Commonsかわからない文献の図を引用してしまっていたのでFigureを消しました。本文中の文献はすべてアクセス可能なものでしたので適宜ご参照いただければと思います。

*1:Pathology:The prion principle Nature2016(538)S13-S16

*2:Braak staging-Wkipedia

*3:「専門医が知っておくべきParkinson病の病態と治療の展望」神経治療 34:182-187 2017

*4:Expert Reviews in Molecular Medicine 2010(12)e27

*5:Sci. Rep. 2018(8)16165